土鈴と私

mifyu1018.exblog.jp ブログトップ

裁断橋(さいだんばし)の土鈴  名古屋市


         現在、裁断橋は廃橋となりましたが、
         名古屋市熱田区 姥堂境内に、裁断橋の3/1に縮小された
         橋が残っています。
         実物の擬宝珠は、名古屋市博物館に保管されています。
                                       (野田末吉作・高さ約8cm)
d0026143_718997.jpg

              

d0026143_7183455.jpg 戦国時代
豊臣秀吉は、小田原の北条氏を倒して天下統一を果たすが、この征伐に丹羽郡の18歳の青年、堀尾金助(ほりおきんすけ)が加わっていた。
出陣の日、東海道筋の裁断橋で母親に見送られたが、陣中で病になり、命を落とした。

金助の死を伝え聞いた母親は、出陣を見送った老朽化していた裁断橋の修復を思い立つ。
そして、擬宝珠(らんかんの柱の頭のつける飾り)に銘文を刻んだ。
               「熱田区の歴史散歩」を参考にさせていただきました。






       天正十八年二月十八日に
       小田原への御陣
       堀尾金助と申す
       十八になりたる子をたたせてよ
       又二目とも見ざる
       悲しみのあまりに
       いまこの橋を架けるなり
       母の身には落涙ともなり
       即身成仏し給え
       逸岩世俊(堀尾金助の戒名)と後の世のまた後まで
       この書き付けを見る人は
       念仏申し給えや
       三十三年の供養なり


              「熱田区の歴史散歩」を参考にさせていただきました。

[PR]
by mif-yu1018 | 2006-08-12 07:51 | 名所・観光地
line

阿波踊りの土鈴      


by mif-yu
line
クリエイティビティを刺激するポータル homepage.excite
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31